神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)664号 判決
原告
砂原直文
同
西野光
同
沼田隆明
同
大田透
同
林一樹
同
田上豊彦
同
大田和男
同
藤田久之
同
清水健一郎
同
水田久幸
原告ら訴訟代理人弁護士
石川元也
同
小林勤武
同
梅田章二
被告
日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長
杉浦喬也
右訴訟代理人同被告職員
福田一身
同
北村輝雄
同
橋本公夫
被告
松田芳三
被告
高木亨
被告三名訴訟代理人弁護士
天野実
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立
一 原告ら
1 被告らは各自各原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六一年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告ら
主文と同旨
第二主張
一 請求原因
1(当事者)
(一) 原告らは、いずれも次のとおり日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)鷹取工場に勤務する職員であったものであり、かつ、国鉄労働組合(以下「国労」という。)鷹取支部所属の組合員でもあった。
(原告) (職場) (職名)
砂原 電車 工作検査係
西野 同 工作技術係
沼田 客貨車 工作検査係
大田(透) 同 工作技術係
林 電機 同
田上 部品 同
大田(和) 組立 同
藤田 同 同
清水 鉄工 同
水田 同 同
(二) 国鉄は公法人であり、大阪鉄道管理局鷹取工場(以下「本工場」という。)はその下部機関として、各種車両の検査修理業務等を行っていたものであり、その職員数は千数百名にのぼった。なお、国鉄は昭和六二年四月一日その名称を「日本国有鉄道清算事業団」(被告事業団)に変更した。
(三) 被告松田は本工場の事務次長であって、本工場安全管理基準規程により総括安全衛生管理者に充てられ、被告高木は本工場の技術課長であって、同規程により副総括安全管理者に充てられていたものである。
2(本工場の労使関係)
いわゆる国鉄の分割・民営化の方針が打ち出されたころから、国鉄の労使関係は異常な緊張状態を呈してきた。
本工場の職員のうち約一二五〇名は国労に、約六〇名は鉄道労働組合(以下「鉄労」という。)に所属していたが、本工場の国労に対する労務政策は、とりわけ組織の弱体化を意図したものであった。昭和六〇年九月及び一〇月には、工場当局は特別非番日に関する労使協定を一方的に無視した業務命令を発しようとしたので、国労鷹取支部は直ちに業務命令差止めの仮処分を当庁に申請し、申請どおりの仮処分決定を得た(当庁同年(ヨ)第五五九号事件)。しかし、当局は右仮処分決定に従わず、一方的に業務命令を発し、労使間協定を無視し続けた。
更に当局は、「職場規律の是正」という口実で、労使間に確認されてきた時間内入浴についても労使間協議を全く行わずに一方的に入浴を禁止し、本工場内の分会事務所を相次いで撤去し、組合掲示板についても設置箇所等を大幅に縮少し、組合活動を不当に制限する政策を強めていた。
3(特別安全教育の実施)
本工場では昭和六〇年一一月二七日から一般職員に対して特別安全教育が実施された。
受講対象者は、〈1〉傷害多発者、〈2〉重傷害発生者及びそのおそれのある者、〈3〉その他とされ、各職場長から受講の前日に指名された。期間は一期を一〇日間の日程とし、毎回約二〇名が指名され、安全衛生の問題及び作業時の心得等を内容とする講義が終ると、筆記試験と同時に感想文の提出を課され、その成績や評定基準は知らされない。右の試験に不合格となった者は、その翌日から〈1〉自転車整備、〈2〉文鎮、メダル、銘板等の磨き、〈3〉電線被覆除去、〈4〉ホースマット製作の作業(以下「本件軽作業」という。)に従事させられる。
4(本件軽作業就業命令の違法性)
右の特別安全教育は、被告松田及び同高木が中心となって、いわゆる余剰人員対策と国労攻撃の一貫として計画し、実施されたものである。
受講者の指名は国労の役員及び活動家を狙い打ちにし、しかも被指名者の全員が国労の組合員であって、鉄労の組合員は一人もいない。また、一面においては、一〇年間無災害で当局から表彰されている者も指名されるなど、その指名は極めて恣意的でもある。講義の内容は、事故の原因を労働者の規律、心構え、服装等に帰着させる偏向的なものであり、使用者側の物的・人的対策の責任を問う感想文を書くと、成績不良、安全の心構え不十分として不合格にし、その採点結果を秘匿する等その判定は不公正である。
更に不合格者に対しては、期間の定めなく、本工場の広大な敷地の西南隅の廃屋のような旧工場に懲罰的に隔離し、技能職員の本来の職務と全く共通性のない単純、初歩的、かつ非生産的で、安全教育の目的にそぐわない作業を課し、しかも本工場(事務所)の技術課員一名と各職場の助役一名との二名を付きっきりに配置することにより、更に随時被告高木を含む管理者が巡回することによって、作業振りを監視し、トイレにも許可を受けないと行かせない状態であった。この作業を数名だけで、短かい者で二〇日間、長い者になると三か月も続けさせられ、これを終えて更に追試を受け合格と判定されて、初めて本来の職場に復帰させるのである。
以上のとおり本件軽作業就業命令は、安全教育という業務上の必要性も合理性もなく、その動機、目的、作業体制及び作業内容等からして業務命令の濫用として違法であるばかりか、国労の組合活動を嫌悪し国労の弱体化を図る不当労働行為としても違法なものである。
5(原告らの作業期間等)
原告らは、いずれも特別安全教育の受講者に指名され、次の期間本件軽作業に従事させられた。
(原告) (期間〔昭和、年月日〕)
砂原 60・12・10~61・1・14
西野 61・1・30~61・3・31
沼田 61・2・15~61・3・17
大田(透) 61・1・30~61・4・5
林 60・12・10~61・2・28
田上 60・12・25~61・3・31
大田(和) 61・3・17~61・4・7
藤田 61・1・31~61・3・14
清水 60・12・10~61・2・28
水田 60・12・10~61・2・28
なお、本件軽作業従事当時、原告らのうち砂原は副分会長、西野は支部常任委員、沼田は分会書記長、林及び大田(和)は分会執行委員、田上及び藤田は分会青年部長と、それぞれ組合役員の地位にあった。
6(原告らの損害)
原告らは、いわれのない不合格者という烙印を押され、特設の作業場に隔離収容されて、本来の職務とは縁もゆかりもない作業を教育の名のもとに強要された。これは憲法一八条所定の苦役に該当し、原告らの人格的尊厳を著しく傷つけるものであって、その精神的苦痛は重大である。原告大田(透)はそのため円形脱毛症にかかったほどである。したがって、この精神的苦痛に対する慰謝料は原告ら各自につき五〇万円を下らない。
7 よって、原告らは被告事業団に対し国家賠償法一条により、また、被告松田及び同高木については、特別安全教育に藉口して国労の組織弱体化を目的に主に国労の役員を中心に本件軽作業に従事させた積極的加害行為者として、民法七〇九条に基づき、各自原告らに対し各金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年五月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否等
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、本工場の国労と鉄労の組合員の概数及び原告ら主張の仮処分決定のあったことは認めるが、その余は争う。
3 同3は認める。ただし、実施されたのは「特別安全衛生教育」であって、特別安全教育ではない。
4 同4は争う。
本工場においては傷害事故が多発しているのみならず、死亡、失明等の重大事故が発生したことにより労働基準監督署から厳重注意を受け、かつ、国鉄本社の安全監査をも受ける事態となったため、職員の安全に対する知識や認識の向上を目的として、国鉄本社安全管理基準規程及び本工場安全管理基準規程に基づき、特別安全衛生教育を実施することにした。もっとも、当時本工場では約六〇〇人の余剰人員を抱え、各職場に所要員を大幅に上回る職員を配置していたので、各職場から受講者を出しても業務に支障を生じることはなく、教育を実施できる条件が整っていたことにもよる。
教育の対象者は技能職員全員であり、傷害多発者等の安全上問題のある者を配慮し、各職場長において業務の繁閑を勘案して選定したものであって、国労の役員及び活動家を意図的に指名したのではない。
講議の内容は安全知識及び基本動作を中心としたカリキュラムによって構成され、講師は技術課の係長ほかが当たった。筆記試験の正解の発表と解説は一〇日目に行われている。
筆記試験と感想文の成績のほか、授講中に把握した受講生の安全に対する態度及び心構え等を総合して、安全に関する知識ないし認識が欠如していると判定された者については、そのまま職場に戻すことによる傷害事故の発生を防止すべく、講議内容の自習等のため一日当り一時間を設定し、他の時間には当時国鉄が全社的に推進していた増収、経費節減運動に寄与する本件軽作業を課したものである。作業施設は本工場内にある本来の職場施設であり、作業形態及び作業内容も何ら重労働を課すものではなく、作業者の自主性ないし自発性に委ねられていた面も大きいのであり、作業種類も自転車整備のほかは、当時本工場を初め他の国鉄の現業機関で製造されていたものと同種のもの(メダル、ホースマット、銘板等)に関する作業であった。
本件軽作業の従事期間は、原則として並行して行われる二期分の講議終了までであり、二期目の講議の最終日に追試を実施し、これに合格すれば元の職場に復帰することが告知されていた。
軽作業従事者に対する勤務の認証、自習時間における指導等は、各職場の助役が一日交替で当たり、各人への作業指示、材料の手配、各種連絡等は、技術課員(そのほとんどが国労の組合員)が当たった。
以上のとおり本件軽作業実施の目的、態様及び相当性等からみても、本件軽作業就業命令は業務命令の濫用に当たらず、また、国労の弱体化を図る不当労働行為でないことも明らかである。
5 請求原因5の作業期間のうち、原告西野及び田上の終了時期は昭和六一年三月一七日、同大田(和)のそれは同年四月五日、同清水のそれは同年三月一日であり、同藤田の開始時期は同年一月三〇日である。その余の作業期間は認める。
6 同6は否認する。
7 同7は争う。
被告松田及び同高木は、国家賠償法一条に定める「公権力の行使に当る公務員」に該当しない。仮にそうでなくとも、公務員個人は被害者に対し直接責任を負うものではない。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1及び3の事実は、当事者間に争いがない。もっとも、本件で問題とされる安全教育の名称についで、原告らは特別安全教育といい、被告らは特別安全衛生教育と主張するが、(証拠略)によれば、本工場当局は右安全教育について当初特別安全教育と表示していたが、その後これを特別安全衛生教育と称するようになったことが認められる(以下この安全教育を「特安」という。)。
そして、原告らがいずれも特安の受講者に指名され、本件軽作業に従事したこと、その作業期間が左記認定部分を除いて原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(証拠略)によれば、原告西野の作業終了時期は昭和六一年三月一四日、同田上のそれは同月一七日、同大田(和)のそれは同年四月五日、同清水のそれは同年二月二八日、原告藤田の作業開始時期は同年一月三〇日であることが認められる。
なお、請求原因5の後段記載の原告らが、本件軽作業に従事当時、その主張のとおり国労の組合役員の地位にあったことは、被告らの明らかに争わないところである。
二 (証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。右各証拠中この認定に反する部分は採用しない。
1 特安実施までの経緯
本工場では昭和五六年三月と同五九年七月に死亡事故、同六〇年八月には失明事故が発生した。その他軽度(不休)の傷害事故は同五九年度に六八件、同六〇年度は一〇月末現在で五九件も発生している。神戸西労働基準監督署は同五九年一〇月、同六〇年二月、同年六月の三回にわたり本工場に立入り検査をし、前二回の立入りでは合わせて使用停止等命令、是正勧告を含め一〇〇項目に近い指導をした。その結果、設備面についての改善措置が進められたので、三回目の立入りの際は指導事項がわずか二件にとどまった。しかし、その際も職員に対する安全教育の強化等について口頭指導が行われた。また、国鉄本社も同六〇年七月に本工場の組立、台車の両職場に職場管理督査をし、特に台車職場における事故の多発につき、職員の安全に対する認識を徹底するように指摘した。
このように、本工場では職員に対する安全教育の強化の必要性が要請されていた矢先、同六〇年一一月八日に組立職場で、共同作業中の連絡、合図の不十分等を原因とする右鎖骨骨折の重傷事故が発生するに至った。たまたま本工場は同年四月に国鉄高砂工場を統合して約六〇〇名の余剰人員を抱え、各職場には必要以上の人員が配置されていたため、安全教育を実施しても業務に支障をきたさない条件が整っていたこともあって、右事故発生後に安全指導を所管する技術課において、急ぎ特安が立案され、同月一一日ころ工場長及び次長も含む課長会議でその実施が決定された。そこで被告高木は、同日国労及び鉄労の組合書記長に特安の実施及び計画の内容を説明し、同月一五日ころ開催された労働安全衛生委員会においても同様の説明をし、同月二二日にそのカリキュラムを右両組合に交付した。
以上の経緯で、特安は同月二七日から実施された。
2 講議の内容等
特安の講議(座学と呼ばれた。)は、一期を一〇日間の日程とし(ただし、第九期以降は七日間に変更された。)、安全に対する知識を養い、安全意識を高める目的で、安全知識及び基本動作を中心としたカリキュラムによって構成され、本工場の技術、総務、車両、設備の各課の係長等及び各職場の作業主任らが講師となり、講議案等の資料を配布して講議をするほか、受講者のグループ討論、危険予知訓練レポート、安全性テスト等も行われ、九日目に筆記試験を行うとともに感想文を提出させた。そして、一〇日目の午後に筆記試験の正解の発表と解説を行った。当初この座学は一か月に二回(二期)の割合で実施されたが、同六一年四月以降は一か月一回に変更された。
3 対象者
特安の受講対象者は本工場の技能職員全員(当時約一二六〇名)であるが、受講の順番は傷害多発者、重傷害発生者及びその発生のおそれのある者(体操をしなかったり、保護具を着用しない者、安全上の注意を再三受けた者等)を優先する方針で、ただし業務の繁閑を考慮にいれ、各職場長の推薦により一期につき約二〇名が指名された。
4 軽作業と自習時間
第一期の特安を開始したところ、受講者の中には不真面目な態度をとったり、講議を全く無視するなど、その受講態度から見て予定の筆記試験に合格しない者が出ることが予想されたので、直ちにその対応策が検討された結果、筆記試験と感想文の成績のほか、グループ討論、危険予知訓練レポート、安全性テスト及び受講態度についての各講師による評価を総合して、安全に対する認識度が低く、心構えが十分でないと判断され、再教育が必要と判定された者については、一定期間後に追試を行うことにし、それまでの間は、並行して進められている座学の資料を配布したうえ、毎日午後四時から五時まで約一時間の自習時間を与えて自助努力による安全知識の向上を図り、他の時間については、特別の技能を要せず危険度の少ない作業に従事させ、保護具の着用や安全基本動作の習慣を身につけさせることにした。
右再教育の期間は、原則として並行して行われる座学二期分後の追試に合格するまでと決定され、現実に再教育が開始されて間もなく対象者にはその旨告知された。また、右の作業の種類については、当時国鉄が全国的に推進していた経費節減及び増収活動に資するための見地から、本件軽作業が選ばれた。
5 軽作業の作業環境
本件軽作業は、職場三一号建屋と称する建物内で行われた。同建物は本工場の職員及び外注職員が現に作業に従事していた場所でもあり、本件軽作業の開始に当たって照明、暖房及び手洗施設も整備され、本工場の他職場に比して特に見劣りのする環境ではなかった。
6 軽作業の管理体制
勤務の認証(年休の付与等)、安全面の指導及び自習時間における指導は、各職場の助役一名が一日交替で当たり、各人への作業指示、作業の進捗状況の確認、材料の手配、各種連絡、調整業務は、技術課の課員(一三名、そのうち一一名は国労組合員)が交替で当った。そのほかに他の職場と同様に、本場(事務所)の担当者が点呼等に立合い、職場の巡回をしていた。作業員が作業場所を離れるときには、右助役若しくは技術課員に告げることが必要とされたが、許可がなければトイレにも行けないという状態ではなかった。また、作業状況及び勤務状況の把握のため、助役と技術課員は各自記録をとって技術課企画係に報告していたが、その記録の記載方式は各人の判断に任され、一定していなかった。なお、本件軽作業については、いわゆるノルマを課せられることは一切なく、作業の進捗は各人の自主性に任され、作業密度は一般の職場より緩やかであった。
7 軽作業の具体的内容
(一) 自転車整備
本工場内の本場及び各職場相互間の連絡用の公用自転車の分解、修理、塗装等の作業である。従前外注にしていたのを、経費節減の趣旨で本件軽作業に取入れられた。
(二) 文鎮、銘板、メダル磨き
本工場において記念品若しくは販売用に製作されたこれらの鋳造品をバイス(万力)で固定して、やすり、サンドペーパー、ワイヤブラシ等の工具で磨く作業である。
(三) 電線被覆除去
廃用となった電線の被覆を除去して、中身の銅線を取出す作業である。取出された銅線は右(二)の鋳造品の原料とされる。
(四) ホースマット製作
廃用となった空気ホースを輪切りにし、これを縦一〇個、横一五個並べて相互にステンレス線で連結し、泥落し用マットにする作業である。このホースマットは、昭和五九年六月に本工場機械職場の職員が考案して提案し採用されたもので、従前も本工場で製作されていた。
8 原告らの受講
原告らは、同六〇年一一月二七日開始の第一期から同六一年三月一四日終了の第七期までの間に、特安を受講した。その間各期で再教育が必要と判定された者は、多い時で五名、少ない時で二名(ただし、第三期は〇名)であった。原告らはそれぞれ本件軽作業に従事し、追試に一回で合格しなかった者もあるため、長い者で約三か月、短かい者で約二〇日間軽作業に従事した後、本来の職場に復帰した。
9 特安のその後
特安は国鉄の分割・民営化直前の同六二年三月まで二一期にわたって実施されたが、同六一年四月二日からの第九期以降は、座学が月一回に変更されたこと、不合格者の数が減ってきたことなどから、職場三一号建屋内における本件軽作業は廃止された。
三 右認定の特安実施の動機、目的、講議内容、受講者の選定方針、本件軽作業の実施目的、作業環境、作業管理体制及び作業内容等を総合すると、原告らに対する本件軽作業就業命令は必要性及び合理性を欠くものとはいえず、業務命令の裁量の範囲内にあって、これを著しく逸脱したものとも認められない。また、本件軽作業の内容等からして、これが憲法一八条で禁止される苦役に当たるものとは認められない。
原告らは、特安受講者は国労組合員のみである旨主張するが、本工場の技能職員約一二六〇名のうち一一六〇名以上が国労組合員であることが認められるので(被告高木本人尋問の結果)、その比率からすると、特安の初期において国労組合員以外の者が受講者に指定されなかったことが不合理とはいえず、また、受講者の選定に当たって国労の役員を狙い打ちにしたこと、合否の判定が不公正であることを断定するに足りる資料もない。
国鉄の分割・民営化の方針が打ち出されたころから、これに反対する国労と職場規律の是正を強調する国鉄との労使関係が極度に緊張し、本工場においても特安の実施前後に、特別非番日に関する労使協定、時間内入浴、分会事務所の撤去等の問題について労使間に紛争が発生していたことから(これらの事実は弁論の全趣旨によって認められる。)、原告らが特安について不信の念を抱くのも無理からぬところがないではないが、特安(本件軽作業も含む。)に関する限り、本件全証拠をもってしても不当労働行為の目的で実施されたものと認めることはできない。
四 そうすると、本件軽作業就業命令が違法であることを前提とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 野村利夫 裁判官松井千鶴子は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 中川敏男)